2007年11月22日
マウスピース(オクルーザル スプリント)
森嶋歯科医院では、原則的に歯軋り防止や顎関節症の治療でマウスピース(オクルーザル スプリント)を用いません。重度の顎関節痛がある場合と患者様が咬合調整をすることに不安がある場合の便宜処置として使用しています。
15年前までは、顎関節症の病態を完全に理解していませんので、マウスピースを使用することにより臨床診断して治療方針を決めていました。診断に時間と費用がかかるわりには、予測した効果が出ませんでした。
また、マウスピースを夜間使用した場合、熟睡できないこととくいしばりが強化・習慣化する欠点があります。マウスピースの長期使用には無理があると思います。
これらのことから私の場合、噛み合わせの安定化を図ることにより歯軋り防止や顎関節症の治療をするほうがマウスピースを使用するよりも効果的だとの臨床経験から考えています。
2007年11月21日
根管治療
私の専門は口腔外科で、博士号を歯根尖切除術の研究でとりました。その関連で専門外の根管治療の方法も動物実験で研究していました。なぜならば研究中、一番苦慮したのは切除した根尖部が感染状態(根尖病巣)になることだったからです。完全に根管内を充填したのにかかわらず根尖部が感染状態になることが、切片標本を顕微鏡で見て確認されたときは、本当に驚きました。
歯学部で教育された根管充填では、顕微鏡下で見ると感染状態になってしまうことがわかりましたが、どうしたら感染を予防できるかわかりませんでした。完全滅菌した手術室なら可能でしょうが、動物実験室は一般診療所並みの滅菌状態ですので完全滅菌は困難でした。当初はラバーダムをしていないからだと思いましたが、ラバーダムの有無は関係ありませんでした。
その後、歯根尖切除術の研究をしながら根管治療の研究も行い、やっと対策方法を考え出しました。何度も試行錯誤して苦労して発見した対策方法が、今の根管治療に生かされて患者様の診療の役に立っています。買主に捨てられて屠殺される予定の犬達で実験させていただきましたが、今その技術が生かされていることで犬達の魂も救わえると思います。
2007年11月20日
ガイダンス(善意の助言)
患者様からインプラントを無理に勧められた御話をたびたびお聞きします。
医療者としてガイダンス(善意の助言)を行うことが必要な場合がありますが、インプラントが優れた治療法とはいえ、患者様の外科手術に対する御気持ちや経済状態を配慮して強くお勧めすするものではないように思います。
私は、カウンセリングで患者様の御希望をお聞きしながら、コンサルテーションで義歯、ブリッジまたはインプラントの長所と短所をご説明した後、患者様と相談しながら患者様が治療法を決定することを援助しています。医療者は、患者様に意見を求められた場合のみ、ガイダンス(善意の助言)をすべきだと思います。
2007年11月19日
頭痛
毎日頭痛に苦しめられ20年来にわたって頭痛薬を飲みつづけた御婦人が、噛み合わせのバランスを取り戻したら嘘のように頭痛が消えて喜ばれました。
私が噛み合わせのバランスを調整しますと、ほとんどの方の頭痛が消えるか少なくなります。ですから頭痛の原因の95%以上は、噛み合わせのバランスが悪いためにおこる側頭筋、頭頂筋などの筋肉痛と考えています。頭痛が解消しない方の場合は、噛み合わせのバランス以外の脳腫瘍、大動脈瘤や脳梗塞などによる貧血や出血、過度のストレスまたは全身の歪み(腰痛・関節痛)などの関連痛が原因と思います。
頭痛は、外傷と違いまして外から症状が見えませんので、その苦痛を周囲の方が理解しにくいものです。頭痛で御悩みの方は、一度噛み合わせの調整を森嶋歯科医院ですることをお勧めいたします。
2007年11月18日
歯の神経を抜かないことが大切です。
歯を一生涯保つためには、歯の神経を抜かないことが大切です。歯の神経を抜きますと、歯が破折する可能性が将来出てきます。歯が破折しますと残せずに抜歯にいたることがあります。
深い虫歯ですと歯髄が腫れて痛みが出てきますが、森嶋歯科医院では腫れを抑える薬をつけて可能な限り神経を残す処置をしています。神経によっては細菌感染が著しくて化膿してしまい死んでしまう場合もありますが、患者様に歯の神経を残す重要性を説明した上で、とにかく残す方向で治療しています。
歯髄保護の重要性を教えてくださったのは、川村泰雄先生でした。歯が破折しますと残せずに抜歯にいたることは、臨床経験が25年経ちますと当たり前のことですが、15年前に川村先生に歯髄保護の重要性をお聞きするまでは実感できませんでした。卒業して10年間は、多くの技術を習得して臨床で熟練する時期で、残念ながら50年先の結果を予測して今何が最善の治療かを選択する臨床経験がありませんでした。
全ての先生に学ぶことは不可能ですので、優れた師匠に出会えてその師匠の経験を教えとして受けられたことは幸運でした。